かっぱがれ編集・秋のへっぽこギャンブル日記

基本はギャンブル日記だけど、まあ趣くままにてきとーに。

KEIRINぐらぐらグランプリ

あけましておめでとうございます。

年頭のご挨拶は別項でするとして、昨年の積み残しの荷物のひとつ、30日のKEIRINグランプリについて書かせてください。


29日に大井→新宿と飲み街道まっしぐらで、体調もイマイチの中、まずは京王閣競輪場のJRの最寄り駅である矢野口駅へ。

競輪場の送迎バスに乗り込む面々は、みんなグレーのかかった服装で背中を丸め、会話も一切ないオヤジばかり。
あたかも護送車に乗せられる犯罪者のごとしw

JRAとも大井とも違う、女子供を寄せ付けない、このいかにも昭和な鉄火場の雰囲気。
正直、この空気を日常にして、暮らしてなんかはいけない。「無頼」、かくも辛きか。

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さて、KEIRINグランプリは、ギャンブルしに来たというよりは、レースを観戦に来たと行ったほうが正しかったりします。

というのも、この日出場していた武田豊樹選手、以前に「近代麻雀ギャンブルCOM」で漫画化させてもらったことがあったからです。

* * * * * * * * * *

漫画家さん、ライターさんと一緒に、武田選手にインタビューをしたのは、2006年の2月ごろ。

武田選手はデビュー3年目となる前年のKEIRINグランプリに出場して3着。活躍が期待されていましたが、2月の静岡記念の落車事故で肩に大怪我を負い、その後のレースを欠場するという憂き目にあっていました。

ストレスが溜まっていても仕方がない状況だし、しかも武田選手と旧知の女性ライターが同席。
ニコニコ笑いながらも、「そんなこと話していいの!?」的な本音(?)もぶっちゃけてくれましたw


武田選手は、競輪選手としては「異能の存在」といっていいでしょう。
もともとは長野五輪の金メダリスト・清水宏保選手としのぎを削っていた、スピードスケートの一流アスリート。

スピードスケートの世界から引退して、競輪の選手になることを決意しますが、清水選手との再会で思いとどまり、復帰したという経験も持っています。
そのおかげでソルトレイク五輪でファイナリストとなり、再び競輪の道に踏み出したワケですが…。


武田「いや~、自分の意思じゃなくて、五輪終了後に帰国して空港に到着したら、新聞で『競輪転向』ってことになっちゃってたんですよ(笑)」


…それがリップサービスだったのかどうかはともかく。インタビュー全体を通じて、心に残ったのは、武田選手のスピードスケートに対する「未練」でした。

いや、「未練」とも違うなあ。あえて誤解を恐れずに言えば…。


「純潔なアスリート」から一転、「鉄火場の駒」となる、その葛藤。


もちろん、競輪選手が、名作「ギャンブルレーサー」の主人公・関優勝のようなウエッヘッヘッヘッなろくでなしじゃなくて、鍛え上げられた鋼の脚力の持ち主であるアスリートであることに何の異論もないですし、武田選手がそんなことを口走ったワケではありません。

ただ、現役の「競輪選手」ということよりも、かつて「スピードスケート選手」だったことに、武田選手はこだわっていたのではないかと思うのです。

* * * * * * * * * *

このインタビューの際、武田選手は確かこんなこともおっしゃっていました。


「自分は先行にこだわっています。駆け引きをするんじゃなくて、精一杯の力を使って、常に先頭に立ちたい」


しかし、余り詳しくない自分が言うのもなんですが、競輪とは「駆け引き」が物を言う世界です。
「関東ライン」とか「福島ライン」とか、選手間の相互扶助が、勝負に直結していきます。

勝負に徹するなら、先行にこだわらなくてもいいのではないか?
前述のスピードスケートへの話といい、武田選手に課せられた課題、それは、「アスリート」から「勝負師」への転身ではないのか――。

* * * * * * * * * *

武田選手は2009年、日本選手権とオールスターを制し、名実ともに競輪界のトップ選手に上りつめました。
その要因が「アスリート」として超進化を遂げたからか、「勝負師」としての駆け引きを身につけたからかは、ボクにはわかりようがありません。

インタビューから約4年が経ちました。
それは、ボク自身にとっても、部署が変わり、「変革」が強いられた時間であり――。

その約4年で、武田選手がどのような変貌を遂げたのか?
それが見たくて、ボクはこの京王閣にやってきたといってもいいでしょう。


武田選手のバンクを駆ける姿に己を投影しながら、車券のマークカードに記入をします。
⑧武田選手から①④⑥⑨の2車単と、武田選手1着軸の3車単。それに武田選手がラインを組む①平原康多選手からの3車単を少々。



…結果は見ての通り、武田選手は本当に惜しい微差の2着。


この日の新聞には、武田選手の盟友・清水宏保選手の引退が報じられていました。
清水選手のためにも、武田選手がこのKEIRINグランプリに期するものがあったであろうことを考えると――。

実はボクもその数センチで10万近くの大勝利を逃したワケですが…そんなことよりも、レースを終わって放心状態だった武田選手を見るに忍びなくて、すぐに競輪場を後にしました。

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はたと、京王線の最寄り駅である京王多摩川駅に向かう途中に、気づきました。


あの日の武田選手に抱いた想いと同様、自分も「車券勝負」に徹するなら、武田選手の「裏」も押さえておくべきではなかったのか?と。


これを自分の人生と透かしてみるのなら…ああ、「センチメンタルな感傷よりも、現実の勝負に徹せよ」ってことなのか?


自分のこれからの道にまだまだ迷い続ける、40歳の暮れだったのでした。




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プロフィール

編集・秋

Author:編集・秋
年齢:昭和44年生まれの47歳。
   忠義もへったくそもない一人四十七士(意味不明)
職業:麻雀漫画誌「近代麻雀」等、元(涙)編集
趣味:ギャンブル(競馬・麻雀等)
   プロレス観戦
   ハロプロ・乃木坂46鑑賞
(おいおい、増えちゃったよ)
   ほかいろいろ
貯金:0万(なくなりました…)
ギャンブルの負け金:約1800万(順調に増えてます…)
座右の銘:ワルツにはワルツを、ジルバにはジルバを
(byニック・ボックウインクル)

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