自分が競馬ファンになって、最初にダービーを意識するようになったのは92年。ミホノブルボンが二冠馬になった時でした。翌年の93年は19回目の騎乗でついに勝利したウイニングチケットを駆る柴田政人にシビれて…なーんて、この頃の話を詳しくしようと思っても、当時の自分は大学生。変なツッコミが入るのも野暮なので、そこは割愛させていただくとしてw
で、94年春のクラシック戦線。皐月賞でレコードを叩き出したにもかかわらず、息も切らさずにケロッとしていたナリタブライアンの出現。しかし、そんな異名通りの“怪物”ぶりを見せられても、自分は前年のデイリー杯2歳Sでボディガードにあっさり負けていたのが全然納得できず…(ブライアン流しの馬券もやられたしw)。
そんな自分の前に現れたのが、ナムラコクオーでした。
ラジオたんぱ3歳S、シンザン記念を大差で楽勝。弥生賞では他馬が暴れた影響で出遅れて3着に敗れた上、屈腱炎と診断されて皐月賞を回避したところ、“一晩で治った”ということで(そんなことある?w)、当時のダービートライアルだったNHK杯(今のNHKマイルカップの前身)に出走してきました。
競馬ファンが総じて不安を抱きつつ、1番人気で迎えた当日ーー。
この圧勝劇ですよ。当時、自分が買っていた馬券がこれ。

2.3倍では威張れたもんでもないんですが、当時は社会人1年生でお金もまあまあ入ってきていたので、こんな単勝に万張りしていたと思います。我ながら無鉄砲で恐ろしいw
しかし、自分はこのNHK杯を見て確信してしまいました。
「次のダービー馬はナリタブライアンじゃない、ナムラコクオーだ!」
…とw
そして迎えたダービー当日。校了明けまもなくの身体を引きずって府中競馬場に赴き、それはもう、鼻血が出るほど自分はナムラコクオーに突っ込んだわけですが。結果はこちら。
もう見ての通り、大外を回ってのナリタブライアンの圧勝劇。ナムラコクオーは6着でした。レース中に骨折したという報も伝えられましたが、見てわかる通りの完敗です。財布の中身がすっかりなくなってショックを受けていたところで、一緒に見ていた悪友・鯖鯉からは追い討ちでこんなひと言。
「え、お前ナムラコクオーから買ったの? ナリタブライアンの方が強いに決まってるじゃん。ないわー、それはないわープゲラ」
…そこまで言われるほど酷かったか!?w
まあ、自分は圧倒的1番人気の馬を買わず、さりとて穴党が買うような馬でもない、いわば“空気の読めない馬”を買うことが多いのですが、もうこの頃から“かっぱがれ”の片鱗を見せていたという、懐かしいダービーの思い出です。
* * * * * * * *
■東京優駿(日本ダービー)《GI》予想■
◎べラジオオペラ 〇ソールオリエンス ▲スキルヴィング
☆ショウナンバシット △シャザーン △タスティエーラ
△ハーツコンチェルト △ファントムシーフ △フリームファクシ
今年のダービー、本命はべラジオオペラ。誰あろう、前述したナムラコクオーに騎乗していた上村洋行調教師の管理馬です。
当時の上村騎手といえばまだデビュー3年目ながら、デビュー年にいきなり重賞を制覇し、前年にも53勝をマークするなど注目の若手騎手。「戦後最年少のダービージョッキー誕生か!?」と話題にもなっていましたが、ダービー後には目の病気を患ってしまい、現役生活自体は不遇だったと思います。
そんな上村騎手が調教師となって初めてのダービー挑戦で、現役時代のリベンジを果たしたとしたら…これほどのドラマはありません。
また今年は横山武史のダービー制覇について話題になっていますが、それなら、そのダービー制覇を阻むのがお兄さんの横山和生だったりしたら、それはどんなにドラマチックな話なのかと思うわけですよ。
感傷的な話ばかりになっていますが、まともな予想として言うと、“2000m・重馬場・内外のバイアス・中山・ハイペース”の皐月賞と“2400m・良馬場・バイアスなし・府中・平均ペース”の今年のダービーはまったく違います。皐月賞が“参考外”とすれば、皐月賞での上位人気馬から買うことがそこまでおかしいわけでもないと思うんですよ。
あの頃の自分の馬券が、29年前の遠大なる伏線だったことを信じてーー今年のダービーも“空気の読めない馬”から買わせていただきます。
☆はデムーロ騎乗のショウナンバシット。皐月賞でタスティエーラと一緒に直線を抜け出して競り負けましたが、あれは内外のバイアスによるものだったと思います。良馬場なら逆転の可能性も。
ちょっと時間がないのと、システム不良で書いていた記事が何度もが消えてしまってすっかり萎えてしまったのでw今回はここまでということで。
単勝 ①
馬連 ①-②⑤⑥⑦⑧⑩⑪⑫⑬⑭⑰⑱(12点)
3連単 ①-②⑤⑥流しマルチ(18点)
3連複 ①⑤-②⑥⑦⑧⑩⑪⑫⑬⑭⑰⑱ (11点)
ちなみにナムラコクオー。一部では有名ですが、この後も何度も屈腱炎に悩まされながら現役を続行、高知競馬では二度の7連勝を果たすなど12歳まで現役を続行した後、47戦27勝という誇るべき戦歴で引退しました。一度は高知でその有姿を拝めれば…と思っていましたが、それも果たせず。
悠久の競馬ロマンを感じながら、本日も府中競馬場へ向かおうと思います。
なお、当方の予想を参考にしてハズれても、責任は一切取りませーん!
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